kyurifootball’s diary

きゅうりフットボーラーハッシーブログ

「食べる事」の本質考えた

こんばんは!!

きゅうりフットボーラーのハッシーです⚽️


「命のことを考えるきっかけ」


それが「かふぇたかの」のあずさから頂いた僕にとって食事の概念を考える出来事でした。




SNSで交流している友達で、狩人もやられているあずさから、狩りをした鹿のお肉を送って頂く機会があり、
僕は貴重な経験だと思いありがたく受け取りました。

そして着くのを楽しみにしていた数日後
それは届いた。



お肉大好きだし、ワクワクしながら開けてみると、

中身を空けた感想としては、
普段見ることの無いお肉の塊。
スーパーでパックで売られている姿しか知らない僕にとって、やや生々しいものでした。

これを食べれるのか、、
が正直な感想かもしれないですね💦


害獣駆除の名目で命を落としたであろうその塊。

数日前まで生きていたんだ…。

そういう感じでした。



調理する立場の奥さんは普段、銀の匙という酪農のマンガを読んでいたので、送られてきた時に話したら理解してくれて、

「人間の都合で落とさせちゃった命だからちゃんと頂かないとその子に失礼だね。」

っと言っていた。



早速食べることになったのですが、生々しい感じが拭えず、
とりあえず解凍のために水を張ったボールに漬けて1日冷蔵庫に入れておきました。
調べたところ血抜きの効果もこうするとあるんだとか。

1日経って冷蔵庫から出してみると
ボールの中の水に血が濁っていた。
なかなか見ることない光景でした。


そこからは奥さんに料理してもらいバトンタッチ。



最初はシンプルに焼肉で出てきました。


焼いたら普段のものと変わらない感じだったので少しホッとしました。

調理の最中も、お肉の焼ける良い匂い、音に食欲をそそられる。

お皿に盛られたお肉は普通に美味しそうで、

出てきた料理に手を合わせ

「いただきます。」

最初は好奇心もありすぐに箸が伸びました。

口に入れる瞬間、一瞬だけ脳裏にあの生々しかった頃のお肉がよぎる。

口の中に広がるお肉の味。

うん、美味しい、食べれる。

 

ただ、噛んでいるとしだいに血の臭みの様なものを感じました。
もしかしたら、あの塊だった頃の少し生々しいお肉を見ていなければそれほど感じなかったかもしれない。
少しの血の味。

臭みを認識すると、
料理になる前のお肉がまた頭をよぎる。

 すると、喉になにかがつかえている感覚に襲われ中々飲み込めない。

勢いを付けて飲み込む。

後味も少し感じる。


もう一口箸を伸ばし口に頬張る。

やっぱり感じるその味。



でも、予想していたよりもお肉としては美味しい。

隣で食べていた奥さんは調理の際に切ったり焼いたりしているので、少し食べずらそうではあったのですが、

「少し臭みがあるけど美味しいね。」


苦笑いしながら話しました。
美味しいと言いながらも、箸は進んではない。


僕は調理する時はノータッチでしたが、
奥さんの話では切る時が1番お肉だと感じたらしい。


途中少し食欲が湧かなくなる事もありましたが、送ってくれたあずさや目の前のお肉と向き合いたいから、

完食した。


後日、僕も調理をしてみたんですが、
包丁を入れる時の感覚が、パックのお肉とは違いました。


包丁を入れると滲み出す鮮明な赤、


包丁から伝わるリアルな感触。

 

少し香るなんとも言えない臭い。

 

「生きていたんだね。」

って伝わる。


食べてみた感想としては、
脂身はほとんど無く、さっぱりした感じ。
独特の臭みさえ無ければ食べやすい。

その臭みも試行錯誤して、お酒に漬けてにんにく、味噌などの香辛料と合わせればさほど気にならないかなっと言うくらいにはなりました。



ただ、食べてみて思ったことは食べている時は味の感想よりも、命を頂いている行為という事を噛み締める事のが大きかったという事。



普段食べているお肉からは味わう事のなかった感覚でした。
そして、同時に食べずらさ。

お肉って、生きていたモノを食べてたんだな…と。

当たり前だけど、見落としがちな日常を噛み締めながら食べました。

そう思うと食欲も自然と減ってくるが、
それはいかに、当たり前のことに向き合わずにこれまで食事をしていたのかを思い知らされることでもありました。






「食べるって命を頂きますって事なんだな。」



あずさが以前言っていたことがフラッシュバックしてくる。
こんな事、考えもしなかった。



子どもの頃は、手を合わせて頂きますをしてから食べるのが当たり前で、
それは料理をしてくれた母親、そしてそのために働いてくれてる父親に対して言うものだと勝手に思っていた。

でも「頂きます」という言葉には
命を頂きます。
という意味も含まれていたんだと実感しました。

お皿に盛られた食事に対して
この目の前のお肉は数日前には生きていて
そして食べるために今ここにある。
その生き物にも敬意を称して、

「頂きます。」



なのだと僕は感じました。

あずさ、この度は貴重な体験をさせて頂きありがとうございました🙇‍♂️!!

 

 

 

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